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祝い二十周年 本格ミステリへの祝辞

祝い二十周年 本格ミステリへの祝辞

祝辞などというと、何やら気恥ずかしく、型通りのあいさつしか浮かんでこないが。考えてみれば、緊張するほどのことではなかったか。
わたし自身でいえば、十五年前に書いた、「92夏 新本格ミステリ15選」(『これがミステリガイドだ!』創元ライブラリ 182p-191p)という 古文書があって、どうも基本的な観点はそこから動いていない。あまり揺れ動いても困るが、ぜんぜん進歩もしていないようで心苦しくもある。
あの頃は、外出のさいの音楽持ち歩きも、ディスクマンにCDを一枚という環境だったから、たいていはパブリック・エナミーかブギ・ダウン・プロダクショ ンズ、その他のギャングスタ・ラップを中心に聴いていた。その後、幾星霜……。まったく無音状態という療養生活みたいな悲惨な時期もはさんだけれど、今は また「音楽なしではいられない」生活が復活している。そして、これがじつに凄まじいことだが――「音楽を聴く」という環境も激変しちまって久しい。ポケッ トをかさばらせるディスクマンの音飛びに恐怖していたなんて体験を披露したりすると、もう太古のクソジジイあつかいされる。160GB(四万曲)搭載可能 なお化けのようなポケット・オーディオ・システム(160グラム)が現実となっている。だいたい当方の親コンピュータにだって、まだ40GBくらいしか、 音楽ファイルは集めていない。その四倍である。老い先短い身、そんなに膨大な曲を聴けそうもないよなと、ため息が出る。250GBのバックアップ用HDD を買ったのが去年のこと。やったぜ!と喜んでいたら、同じ製品がすでに半額セールに出ている。先日、慎ましく、8GB(二千曲)ニューモデルをゲットし て、これすらミラクルに思え、生命あるかぎり(?)愛用しようかなどと。
いや、二十周年のあいさつであった。思い出してみると、前記の本には、もう一つの古文書「冷たい複雑系とミステリたち」(398p-409p)も収録されている。日付は四年後。十一年前ということ。
これは単行本化のさいの後書きだが、引き合いに出す作品が変わっているだけで、観点はやはり一緒だ。以来十一年、あいだはかなり空いたものの、偉そうに 何か書くとしたら同一軌道になるんだろうな。これには諸々の理由が考えられるにしろ、新本格エントロピーのカオスがとうに鉱脈を掘り尽くしてしまったなど という厭味のつもりはない。単純に、こちらの関心が別のところに地すべりを来たしていっているからだ。とまれ「館のカリスマ」はまだ当分つづくだろうし、 そのうちまた瞠目すべき作品が出現してくるに違いない。

inpocket 2007.10

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