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『同時代批評』時代 6

『同時代批評』時代 6

 
10号 1984.4 表紙と目次。
ドキュメンタリとはなにか」の大シンポジウムは、当時の土曜美術社の
小ホールで行なわれた。新宿御苑近くの某所。広々としたガラス窓の明るさ
が「詩と思想」の環境にふさわしかったのかもしれない。さまざまな人士が集
まっては去っていった雑誌だが、この時期あたりに頂点をつくったといえそうだ。
 
 『プラントと資本主義』は『プラトンと資本主義』の間違い。この種のポカミス
がけっこう多かったことも、手作りメディアならではのことだった。関曠野が
激怒したのは、この誤植のせいだったのかと、今になって思い当たる。
関東大震災時の朝鮮人虐殺に取材したドキュメンタリ映画『隠された爪跡』
(表紙の写真もこの映画から使った)をつくった呉充功監督の文章はわたしが
依頼したものだ。人に文章を書かせるのはじつに苦労するものだと痛感した。
以降、原稿依頼とかそれに類することはいっさいやっていない。
 
 『復員文学論』掲載ページ部分。単行本とは図版が異なっているところ。
矢作コミックの出典を調べたのだが、むかしのEQMMのバックナンバーが
見つからない。
 本稿の成り立ちなどに関しては、復刊版の『復員文学論』の後記
に書いたので繰り返さない。
本になった時のタイトルは『幻視するバリケード』だった。赤坂の歩道橋
を昇るところでタイトル変更を打診されたさいの間の悪い想いは忘れられ
ない。高見順の小説ではないが「いやな感じ」そのものだった。
なぜか、赤坂や四谷のあたりでラーメンを奢ってもらうことの多い日々だった。
一冊の本が出来上がっていくのとほぼ同時進行で、もう一冊の本の企画が
流れていった。そのタイトルは『二人で見つけた虹が見えないの』だった。
まあ、今ふりかえれば、「なんとかのバリケード」よりは我慢できるという程度か。

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