多羅尾伴内・七つの顔の男だぜ1
反故の山を燃やしていたら、別名義で書いたエロ小説が出てきた。
筆跡はたしかにわたし本人のものだ。
多羅尾伴内の名前なので、七五年あたりのものか。
しかし執筆は八一年だったような気がする。
一部分をアップする。
獣欲の処刑人 (部分) 多羅尾伴内
…………
こんな時間は地下鉄にもぐりこむしかない。
俺は寒かった。やたらに寒かった。
駅は寒々としている。壁にはところかまわず落書きだ。
神が人間を創造して以来、今日になって、人類は初めて、薄ら笑いを浮かべた兵士らが、赤ん坊を空中に投げ上 げ、その赤ん坊が落ちてくるとこ ろを鋭利な銃剣の切っ先で巧妙に受け止めて、それをスポーツと呼んでいるのを見たのであった。そして母親たちは、赤ん坊の首が切り落とされた後に、強姦さ れねばならなかったのであった。
俺はニヤリと笑った。
どうして俺に罪があろうか。俺に罪があるはずはないんだ。
俺は地下鉄の固い座席で、わずか数時間、夢も見ないで安眠したかっただけなのだ。俺に罪があるとすればそのことだけだ。
映画を観そこねたのが悔やまれた。俺はビー・マイ・ベイブを口ずさんでいた。ビー・マイ・ビー・マイ・ベイビー、ビー・マイ・リトル・ベイブ、ウォーウ、ウォウウォウウォウッ……。
どうして俺に罪があろうか。
俺はカリンサにそこで出会った。彼女は客をくわえこんでいた。そいつは背は低いが、苦み走った俳優みたいな奴だった。そいつは後ろから突っ込んでいたか ら、結局、彼女の身体は丸見えだった。見馴れた白い肌。真っ黒のしげみ。他の乗客はみな無関心だった。寝ている奴は無理もないが、起きている奴らすら ――。
「ヘーイ、ゲーリー・クーパー。調子はどうだ?」
俺はいきなり声をかけてやった。クーパーよりは一フィートは寸足らずの欠点に目をつぶれば、見てくれは悪くない奴だ。
カリンサのひろげた股の間から根元しか見えないけれど、そのコックも立派なもんだ。
カリンサが声をあげて笑った。キ印の笑い声だ。俺に会えて嬉しかったのだ。自分が今やっている行為のことも気にしている様子はない。
そいつは言いやがった。「ねいちゃん、だまんな」
後ろから彼女の耳のあたりを叩いた。それに俺のあいさつを無視しやがった。
俺の姿勢からじゃ、青筋たてたコックの根元しか見えなかった。それは彼女の地平線にモグラみたいに浮き沈みしているだけだった。まさかコックに話しかけてるわけじゃない。俺は奴の顔がよく見えるように移動した。
「ヘイ、カウボーイ、夜は長いぜ。少し休んじゃどうだ」
俺はもう一度言ってやった。
そいつはゆっくりと俺の顔を見た。吊革を見るみたいな目付きだった。かっきり三分間ほど俺の顔を見つめていやがった。その間、腰の動きはぜんぜん休まずにだ。俺もむろんにらみ返してやった。
「坊や、あと五分したら、珍しく揺れる線路にさしかかる。あそこを通るとき、こうしていると、どんなにかいいんだぜ……。だから、せめてあと五分、いい子にしてな」
これが奴の言い草だ。
なかなか見上げた態度だ。説教調でなければ、気に入ってやっても良かった。
カリンサがけらけらと笑った。彼女はこうなのだ。仕方がないのだ。
男は今度は何も言わずに、耳のあたりを叩いた。彼女がハッとして、男をくわえている場所をゆるめるくらいの強さで。
これで奴にたいする俺の好感もすっかり帳消しになった。卑劣な野郎だ。
「線路が揺れりゃ気持ちがいいかい」
「試してみるんだな。ただし、明日の朝でもな」野郎はせせら笑いやがった。
「そんなにいいかい」
俺たちはにらみ合った。
野郎の目付きに不安が浮かんできた。俺の勝ちだ。
「てめえなんか。レールでも舐めときな」
「悪い冗談だぜ、カウボーイ」
奴は気後れしてきたらしい。鈍いもんだ。俺は会話を楽しみたかった。だのにその要望は相手には伝わらなかった。
「どうだい、兄さん。俺は後ろの穴を使うから……。こっちは譲ってやるよ。どうだい、いっしょに。一晩中愉しめるぜ」
俺は気分を害した。だからそう言ってやった。
「そ、そうだな。人にはそれぞれ好みってもんがあるからな」
俺はだんだん気弱になってくる奴の物腰に失望した。がっかりさせる野郎だ。こうもり傘の骨みたいにぎんぎんに固かった道具のほうもしぼみかけているんじゃねえのか。どうした。
俺は俺のナイフを取り出した。
奴の鼻の大部分をそぎ落とした。
奴には叫ぶひまさえなかった。
しばらくは何が起こったのかわからなかったのだ。鼻が穴二つだけの風通しのいい状態になっちまったんだから。
俺は笑った。
それからカリンサの股間に突き刺さっているモノに刃を向けた。彼女を傷付けないように慎重にやった。クリーム・チーズを斬るみたいな刃応えだった。柔ら かいけれど、刃の腹を押しつぶすような圧力がある。クリーミーだ。一瞬、恍惚となって刃を返した。コックが奴の身体から離れるのがわかった。
俺はもうすっかり大声をあげて笑った。腹の底から吠えた。
男の身体がカリンサから離れていく。つながっていた部分を切断されたのだから当たり前だ。驚くひまだってなかったに違いない。ダゴサクめ。
俺はナイフを上げ、横なぎにはらった。こんどは慎重にやることもない。無造作に線を引いた。奴の顎の下に大きな口がもう一つできあがった。ここからならもっと気の利いたジョークが出てくるかもしれん。
扉のガラスに景気よく血が飛び散った。水道管が破裂した勢いだ。奴はコマみたいにきりきり舞いして二、三歩むこうに倒れた。上と下とから血をジョボジョボと盛大に撒き散らしながら。
カリンサの股間に残った奴のほうはまだピコピコと蠢くことを止めていなかった。こちらのほうがガッツがある。死後硬直までは頑張りそうな様子だ。
俺はカリンサに目配せしてやった。彼女とのあいだはこれで充分だった。次の駅で降りて少し歩こう。地上に出て。俺はこいつと肩を並べて散歩するのが好きなんだ。
ところがカリンサは――。
笑いを返してくれなかった。それどころか、女の眼は恐怖に見開かれてさえいた。どうしたんだ、ベイビー。こいつに怖がるなんて感情があったんだろうか。 ジグソーパズルをかき混ぜたように顔がゆがんだ。醜い、醜い顔だった。こんなに醜いこいつの顔は見たこともない。こいつは笑っているだけのキ印じゃなかっ たのか。
前を合わせな、カリンサ。コートの前を。そして笑うんだ、いつもみたいに。
「カリンサ!」
彼女は笑わなかった。
笑え。笑うんだ。
しかし彼女は叫んだ。その醜い口から声をしぼりだした。産まれてこの方の叫びをすべて一息に吐き出すみたいな勢いだ。止まらない。
カリンサ。
畜生。
止めろ。叫ぶのを止めろ。
豚め。おまえもか。豚め。
俺はナイフを女の下腹にぶちこんだ。深くはない。刃一枚ぶんえぐった。手加減した。そしてナイフから手を放した。腹の中の柔らかいものに押されて、直ぐに、ナイフはポロリと下に落ちた。はらわたがヌルッとはみ出した。少しだけ。叫び声はやんだ。
はらわたは薄桃色に息づいて暖かそうだった。外気に初めてふれて震えている。誘っていた。求めていた。
俺はズボンをずりおろした。コックは鋼のように天を向いていた。俺はコックをはらわたに添わせた。突き立てるんじゃない。やさしく滑りこませるんだ。刃一枚ぶんの亀裂に、俺のコックはゆっくりと呑みこまれていった。
俺のコックはたちまち女の腹の中の奔流に身をまかせた。俺と彼女の永遠が訪れた。
めくるめく永遠がきた。熱く静かだ。
俺と女はそのまま立ち尽くした。
to be continued
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