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更新日記2002.12.21

更新日記2002.12.21

必要あって昔の怪奇短編を少し読み直していたら、モーリス・ルヴェルの名に行き当たった。「忘れられた作家」というより、自分がすっかり忘れていた作家。忘れるにはそれなりのわけがあって、一冊の本になっていないとうのが、もっとも大きな単純な理由だろう。サキとかコリアのように一冊選集でも、たびたび編まれている作家なら、それを珍重して所持しているから記憶のどこかには引っかかっている。ルヴエルの場合はそれがない。さらには時代が古い。戦前の『新青年』の誌面を飾った書き手の一人であるから、これは致し方がない。いわゆる「奇妙な味」の一群に腑分けできるが、位置的には先駆者みたいなものになるだろう。
現在、読めるのは『新青年』の傑作選か、フランス怪奇小説アンソロジーなどにおいてのみだろう。ある解説には「本国フランスでも忘れられた作家」と注記されていた。


手元に『別冊宝石32 世界探偵小説5 フランス傑作篇』があるので、再読してみた。田中早苗訳、全十四篇。ルヴェルの短編集は、これしか持っていない。水谷準が解説を書いていて、いかに戦前の探偵作家がルヴエルの影響をこうむっていたかの一端を伝えている。
ところでルヴェルの本はほんとうにほかには出ていないのか気になって、ものは試しとインターネットで検索してみたのである。そうしたら。なんと――。
ぶつかったのはルヴェル短編集の近刊予告であった。来年春に出るのだという。『別冊宝石』から、じつにちょうど半世紀を経て、である。
乱歩や城昌幸に影響をおよぼしてからも約八十年。なんとしぶとい作品生命ではないか。
インターネットの蜘蛛の巣にこうしたデータが一発で引っかかってくることを今さら感嘆してみても間が抜けている。こちらの脳の回路のなかでは、調べものを通してゆっくりその名を思い出すというひとつのクッションが入っていた。これがなければ、もう少しあとになって、ごく一般的な新刊情報として受け取っていただろう。「ルヴェルだって? いまごろ物好きな人もいるもんだね」とか思って、にやにやするだけだったかも。
だから、どうなんだとかいう話のオチはない。この話題はこれだけ。

新規の更新ページは『安吾探偵控』の25章。こちらはほぼ終わった。最終稿の一部。
「2001年ミステリ概観」 内容はちょうど一年遅れだが、文芸年鑑用の原稿なので。
ディレクターズカットは今回は休み。
もう一点、創作セミナーの優秀作『誘拐ゲーム』。ほかにも優秀作が集まっているので、つづけてこのページは建設できそうだ。作者は岡嶋二人派のようだ。『99%の誘拐』あたりの影響が濃厚。ただ作者の名誉のためにつけ加えておけば、東野圭吾『ゲームの名は誘拐』が出るよりも前に、わたしはこの原稿を受け取っていた。題材やテーマが接近遭遇してしまうのは、ミステリ爛熟の時代に避けられないことかもしれない。

ルヴェル『夜鳥』

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