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猫智恵の哀しみ

猫智恵の哀しみ

 

猫が書物の背表紙で爪研ぎをするので本当に困っている。
大したスペースではないが、仕事部屋の四隅の壁にはぎっしりと本が並び、椅子を二つと座椅子を二つ置いて、座る位置によって気分転換を試みる配置にしてある。我が家には猫が二匹寄宿していて、こいつらがわたしの仕事部屋を自分たちのテリトリーと決めこんでしまった。ワーカ・ホリックの主人が部屋にこもりっきりなので、出不精な彼らも自分らの居場所を仕事部屋に定めたものか。本と机と執筆労働のストレスで負のオーラを放ちまくる中年男とによって占拠されている部屋が、猫にとってどれだけ居心地いいのかは知らない。兄の灰色縞は椅子、妹の白茶二毛は座椅子と、好みも決まっている。
仕事に詰まった主人に、八つ当たりでヒゲなど引っ張られても、平然としたものだ。こいつらは主人が仕事部屋にこもると、さっそくやって来て定位置につく。わたしが寝室に降りると間もなく、トントントンと階段を降りてきて、家族の誰かの布団にもぐりこんでいく。何か労働のノルマを監視されているようで腹立たしいが、座る椅子を選ぼうとしても二つに先客がいることが哀しい。
おまけに奴らはもっと困った悪さをし始めた。ぼんやり者の兄なのか、性格の悪い妹なのか、犯人はわからない。本の背表紙でひそかに爪研ぎしているのである。主人の大事な蔵書を破けば激怒をかうだろうと計算するくらいの分別はあるようで、人の目を盗んでやる。不思議と一定の傾向の本ばかりやられるから、何か底深い「猫智恵」があるのかもしれないが、深く考えることは、なるべく避けている。対策は背表紙を内側にして並べるより他なく、実に不便きわまりない。二つの椅子を奪われ、自慢の(?)蔵書は後ろ向けに並べないといけなくなった。猫どもによって、わたしの仕事環境は日々これ、哀しいものに様変わりしていくのだ。

フォーブス1999.7

このエッセイの注文は、喜怒哀楽から一つ選ぶというものだった。

鯖縞のシマジロウは昨年、17歳で眠るがごとく昇天していった。

一つ下の二毛は17歳になっているが、認知気味の他はまだまだ元気である。

 

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