×

多羅尾伴内・七つの顔の男だぜ3

多羅尾伴内・七つの顔の男だぜ3

反故の山を燃やしていたら、別名義で書いたエロ小説が出てきた。
筆跡はたしかにわたし本人のものだ。
多羅尾伴内の名前なので、七五年あたりのものか。
しかし執筆は八一年だったような気がする。
一部分をアップする。


 


禁じられた饗宴 (部分)                   多羅尾伴内

…………
④ アントレ
――今日は、とくに、極上のシャトーブリアン・ステーキを見つくろいました。一匹の牛から取れるのも、このわずか八オンスの二枚のみ。ただこの部分のため だけに牛が一頭屠られたのですぞ。このようなゼイタクも至福の悦び。量は少なからず、かと言って、満腹の行き止まりをもたらすものではござらん。焼き方は もちろん、ヴェリー・レアでしたな。表面だけはこんがりと焼き、中はまるで生のまま、薄紅色の肉汁もしたたる柔らかさ。焼き上がりを直接に食卓に置くこと にしましょう。じゅッ。
――おう、これは。いつ見ても見飽きない流線型。こんもりとした厚みに盛り上がって、なんというふくよかさ。なんというつややかさ。
――また、これにナイフを入れるときの瞬間がたまらない……。
――そうナイフを入れるときの瞬間が……。ややッ。
――どうなされました、**公爵。
――また。また食卓が動きました。
――それあ、そうです。動きもします。何せ、焼けた肉塊が容赦なく肌を責めるのですから。
――はて@@大臣。奇態なことをおっしゃる。肌を容赦なく責めます、か。ふむ。
――ハッハッハ。
――おやおや、肉を置かれたところが色変わりしました。赤らんできました。
――さよう、さよう。
――……。
――先ずはナイフを沈ませることに致しましょう。こしこしこし。
――こしこしこし、やや、大変だ。食卓に傷をつけてしまいました。
――何、気にとめることはありません。私のほうも、ほれ。
――やッ、血が、血が出ております。
――ハッハッハ。
――ややッ。わたくしめのほうも。
――当然のことですて。驚くことは何もない。
――そ、それもそうですな。熟成の黄金ワインも出れば、神秘のフレンチ・ドレッシングも湧き出す、熱いスープの飛沫に身悶えもすれば、古来より人類のみが 奏でることを許されてきたあの絶えなる調べもほのかにもらすこともできる……。これぞ天下に二つとない@@大臣の秘法の食卓ですからな。いや、これは、ブ スイなことをお聞きいたした。恐縮に存じます。
――さて、先ほどの注射が役に立つときが参りました。
――はて今度は何を? もぐもぐ。
――もぐもぐ。さて最高の牛肉を供するにも忠実なる従者、考えうる絶妙のハーモニーを醸し出す従卒の助けがあれば、さらなる悦びが私どもの口蓋に拡がるこ とになるのは申すまでもありません。さて、ペッパー・ミルで挽いた黒胡椒、よく練られたマスタード、細かいハガネで丹念にすりおろされ適度のビネガーを加 えた洋ワサビ、刻みパセリで香りをつけたレモンバター、などの脇役たちが求められることは、今さら言わずもがなのことであります。……さて、私が本日、試 用にきしていただきまするは……。
――はて?
――うむ、ゴロゴロと鳴ってきました。
――はて、グルグルと鳴ってきました。
――そろそろよろしいようで。
――はッ?
――どうか下の、オリーブの実の穴をごらんになってください。
――ふむ。
――それ。
ぶッ、びゅるびゅるるるー
しゅるしゅる、ぶッぶッぶッー
――や、飛び出しました。
――これ、これですぞッ。これ、勿体ない。床にこぼす手はありません。肉の中から取り出したるグレーヴィ、そのグレーヴィを煮つめて煮つめ尽くして、結晶 のように丹精したものは、まさに肉の中の肉、肉の旨味の純化、グラース・ド・ヴィアントと呼ばれ、これをしも、すべての名料理人たる者が極める、最高最後 の極意とされます。……勿体ない。舐め取りなさい。ずるずるずる。
――ずずず。
――今、我々がここに味合うものこそ、そのグラース・ド・ヴィアントをしのぐ、まさに超絶のエキス。
――おお。
――ご心配あるな。たっぷりと出るべく用意は万端……。
――はて、不思議な。もぐもぐ。味の交響楽。苦味もあれば、甘酸っぱい。はて、スパイスのブレンドも、これは未だかつて出会ったこともないほど激しい……。おや、舌を刺す、舌が痺れる。
――そこが良いのじゃ。ずずず。もぐもぐ。
――や、小生のほうは、今度は固まって出てきました。
――よろしいのですよ。それもまた美味、それもまた芸術。おお、かくなる美の永遠に対して我らが日々の移ろいやすさよ、儚さよ……。おお、何故に神は人間を有限たるべきものに造りたもうたのか……。
――……。
――ナイフの腹で、ええ、肉の表面に厚くお塗りなさい。パンにバターを塗るように。
――ふむ、なるほど。もぐもぐ。
――わたくしはここで、ワインをもう一杯。あなたも良ければ、**公爵、ほれ、もう一つの草むらの奥に指を伸ばして、恵みを受けなさい。しゃわあー。おお、なんという、いつ耳にしても素晴らしい慈しみの雨です。んぐんぐ。
――むしゃむしゃ。
――ごくごく。

to be continued

Share this content:

コメントを送信