プラン3本
某社に企画書として出したプラン。②のみが一冊として実現。
①と③は、数年後だが、『北米探偵小説論21』の部分として生きた。
①黒石がいた
大泉黒石(1893-1957) 大正文学史にスキャンダラスな一石を投じた日露混血作家アレクサンドル・コクスキーの作家的軌跡をたどる。構成としては、時代順にその仕事を跡付けるオーソドックスなものとなる。
近代日本におけるマイノリティ文学の先駆者という位置づけができる。同時代の文学・大衆小説との横断的比較も試みる。
全集は九巻(1988)緑書房から。揃いは入手容易。イギリス文学者由良君美が全巻解説をつとめている。
序 学芸書林『ドキュメント日本人』シリーズの『虚人列伝』の鶴見俊輔の解説などは、黒石についてほとんど知ることもなく、不当な評価をくだしている。この例が一つの典型になっているように、彼の奇人ぶりのみが流布されている現状から始める。
1 露西亜巡礼時代
もともと黒石は雑文・翻訳・紀行文などを片っ端から雑誌に売りこむライター稼業だった。
2 露西亜文学史時代
雑文類のうち、まとまりのある著作が『露西亜文学史』。これは講談社学術文庫に『ロシア文学史』として復刊(1989)された。川端香男里による解説が高い評価をつけている。これはロシア人の父に捧げられた。
3 俺の自叙伝時代
「少年時代」「青年時代」が『中央公論』に発表され、反響を呼び、たちまち流行作家になった。この自伝的小説の路線はしばらく続き、いくつかの軋轢を引き起こす。差別問題はそのうちの一つだった。プロレタリア文学の方向からの分析が必須だが、だれも手をつけていない。部落問題からの視点は不充分ながら、いくつかあるので、その補填も試みる。
②捕物帖ルネサンス (聖地 Asyl としての捕物帖)
一 釘抜藤吉
三大捕物帖と谷譲次
半七(17-36)、むっつり右門(28-32)、銭形平次(31-57)のあいだを埋めるシリーズはいかにして書かれたか。執筆時期からいえば、二番目の捕物帖。
二 人形佐七
偽装抵抗者横溝正史
横溝正史の「偽装転向」は「避難所 Asyl としての捕物帖」を現実化させた。
探偵小説の書けない時代にあって、当局を欺き、ぬけぬけとトリック探偵小説を量産した男の心意気を探る。
三 若さま侍
城昌幸の探偵趣味
幻想怪奇風の短編で知られる作者がみせた謎解き小説への挑戦。じつはこのシリーズ、作品数では銭形平次に次ぐ第二位。
四 顎十郎と平賀源内
擬態の作家久生十蘭
数ある捕物帖のうち、探偵小説としての評価の非常に高いシリーズの意味とは何か。あるいは、これも久生がみせた仮面の一つにすぎないかもしれないが。
プラスして、十蘭の戦中小説のいくつかを考察する。彼のさして深みのない韜晦趣味は、戦時下という奇妙な時代にこそ最も似合っていたのでは? 思想はなくても「文学的抵抗」はできるという好例。
五 赤猪口兵衛
夢野久作のマボロシの捕物帖
このシリーズはまったくのマボロシであり、したがって、これについて論じた人は皆無だ。避けて遠ざけられる理由はただ一つ。その〈差別性〉から。
この章は注釈的なので、短い。
六 勝海舟
坂口安吾の反語
捕物帖の時代を明治期にずらした独創。安吾の戯作者精神が最も自然体の勢いで伸びているシリーズ。戦争を描こうとして挫折した安吾が「避難」した捕物帖世界は、彼に、大きな安息をもたらしたのだが……。
戦後の占領軍権力は、封建遺制を発信する時代小説を禁じたけれど、捕物帖のみはそのリストから外れた。さらに読者拡大を実現して現在にいたったのは周知のごとく。捕物帖流行は「GHQによる押しつけ」だったのか。
七 捕物帖主義
これは、現在の盛況について少し触れる、サービスの章。主なシリーズ作品紹介と、できれば系統チャートみたいなもの。
組み立ては、まだ未定。
③ブラック・カルチャー・コンテンポラリ
Wellcome to Death Row
アメリカを「死刑囚監房〈デス・ロウ〉」と呼ぶ階層によるカルチャラル・マイノリティ・レポートの諸相。
◎メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ『スウィート・スウィートバック』に始まる70年代ブラック・シネマについて。ブラック・パワーの爆発した時代よりも少し遅れて、アクションとエロを売り物にした際物黒人映画〈ブラックスプロイティション〉の流行があった。日本では『黒いジャガー』シリーズが公開されたくらいだが。『吸血鬼ブラキュラ』など、このいかがわしさは一体ナンだったんだ、という話。
◎80年代後半からのギャングスタ・ラップと第二波のブラック・シネマ。92年ロス暴動を用意した文化叛乱。イマはムカシになってしまったけれど。こちらに入ってくる時差もあり、暴動以降に予兆にみちた作品に接することもあった。スパイク・リーの『マルコムX』が最悪の意味での「幕引き」大作となった。その当時の雑誌の特集などに、こちら側の受容意識のバラバラさが露呈してしまった。
◎アイスバーグ・スリム(1918-92) 元ポン引き作家の翻訳された二作品『トリック・ベイビー』『ピンプ』。前者は映画化されているものの、精彩なく映画のほうは無視してもいい。後者は自伝で、その内容の濃密さには圧倒される。
◎ドナルド・ゴインズ(1937-74) スリム影響下の元ポン引き作家。刑務所のなかで第1作を書き上げ、射殺されるまでの五年の活動のうちに16作を書く。翻訳は一冊きりだが、原書のペーパーバックは、死後三十数年もすべて生きている。一部のラッパーにカリスマ的影響力を及ぼしている。映画化された『ネバー・ダイ・アローン』は傑作。最高に問題化されるべき作家ではあるが、数年前の初の邦訳が野崎の絶賛にもかかわらず(それ故か?)ヒットせず、後続は難しい模様。
類書はまったくなし。ポール・ギルロイの『ブラック・アトランティック』があるけれど、お上品すぎて。
今のところ、構成案になるまでには煮詰まらず、ラフに項目を並べたのみです。
雑然としている上に、ほとんど一般には知られていない名前(ミュージシャンの場合はそれなりの知名度はあったけれど、それもすでに古くなってしまった)が並ぶので、その意味できついかなと思い、プランの段階から進まないわけです。資料はそれなりに手元に集まっていますけれど。
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