更新日記2014.03.12
英語圏や仏語圏在住の第三世界出身のディアスポラ作家を含む有色人作家たちは、しばしば自伝的な作品しか書かないと非難される。彼らは二重の亡命状態――故国からも母語からも切り離された状態――にあるので、記憶、それも大半が人づてに聞いた話を基に書くのだとされている。過去の現実に目を向ける彼らは、自らの灰燼に帰した子供時代や出身国での出来事を甦らせる技術にのみ長けているとされる。それゆえ、自伝は必然的にディアスポラ作家たちにとっての避難所にすぎないとみなされる。だが、実のところ、自伝という避難所を確保するには、それをこじ開け、かつ、踏み越えて行かなければならない。個人の暮らしの細部はそうした「自伝」の語り直しに耐えられるとは限らないし、そこで語り直されるものも、もはや個人としての彼らのものとは限らないからだ。常に政治的に(「有色人」あるいは「第三世界」として)徴づけられる表象空間の中で執筆する彼らは、自分のために思い出すというより、語るために思い出す。避難所の扉を開き、そこから外に踏み出す時、ある意味では彼らは自分を再び「故国」から解き放つ。自身を通路として、そこから新たな旅に乗り出している。物語を語ることによって彼らは、故国に近づくとともに、遠ざかりもしている。
これは、トリン・T・ミンハの『ここのなかの何処かへ』elsewhere,within here 所収の「私の外なる他者、内なる他者」Other than Myself,My Other Self の一節。書かれたのは、1994年。
ヴェトナム人トリンは、ここでモロッコ人作家について述べているのだけれど、これは、そのまま、在日朝鮮人文学にもあてはまる。
わたしの『魂と罪責』でいえば、183ページあたりの記述と照応してくる。
『ここのなかの何処かへ』は、トリンの三冊目の本(翻訳としても)だ。彼女の詩的なエッセイを読み、映画をまとめて観、覚書を記してから、ずいぶんの歳月が流れてしまった。
画像二点は、1999年のもの。
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