わたしはこうして「キンドル作家」デビューを果たした
1 はじめに
ついにやったぞ。「キンドル作家」デビューを果たしたぞ。会う人ごとに吹いてまわっているのだが、反応はいまひとつ。というより、冷たい。「ん? キンドルって何よ」。たいていの第一声が、コレだ。
じつのところ、わたしも、一カ月前なら、同じような反応しか示さなかったろう。kindle なる新製品が発売されたという知見くらいはあった。けれども、この種のトピックがアタマのなかに残っている時間は、ごくはかない。脳細胞の衰滅速度と、時代の異常なスピードとが、相乗効果をかもして、三日前のことなど、古代のような遠いムカシと化す。
居住している地域(の高齢者相談室)からは、「きみは定年後の第二の人生を活用できるか」といった強迫的な案内が連続し、加えて、介護保険証がとどく。「電子書籍ブーム」とやらに適応していっている人を、身近に見つけることはめったにない。「キンドル? なに、それ」。
電子書籍に関しては、当方も、だいたいそんな平均レベルにあった。
それが、わずか一カ月にして、無知のヤカラから堂々「キンドル作家」デビューまで、一挙に飛躍をとげてしまったのである。
この小文は、わずか一カ月のあいだに、わたしが具体的に何を習得したかを報告する。やれば出来る。というか、簡単な話なのだ。ただし、ノウハウを伝授するものではない。その代わり、同じことを志している人がいるとすれば、希望の燭光を与える(?)ものであるかもしれない。
2 基礎作業
まず、用意したものから記録していく。
手順は、必ず、これに従うべきものではない。念のため。
電子書籍の標準データは ePub である。 ePub とは初対面の文字面であった。親しくおつき合いするには、どうすればいいか。
ともかく ePub ファイルを自分のPCにとりこんで、開ける(読める)ようにすることだ。そのためのアプリを導入する。
① Google Chrome の拡張機能 Readium をインストール
② Fire Fox の拡張機能 Epub Reader をインストール
③ Adobe Digital Editions Home をインストール
④ Kindle Previewer をインストール
これだけあればいい。どれかを使えば、ePub とオトモダチになれる。①②はウェブ・ブラウザでファイルを開く方式。①のほうがスグレモノだ。②は縦書きに対応してくれないので、悩まされた。
④は、Kindle デバイスの各モデルでどう反映するかを試し読みできる。使用すると、.mobi ファイルを勝手につくってくれるので、戸惑うけれど、放っておいてもかまわない。
注記しておくと、Windows のウェブ・ブラウザ標準仕様であるIEは使わん、という前提で、この小文は書かれている。IEだけでなく、マイクロソフトの「三種の神器」であるオフィスもウインドウズ・メディア・プレーヤーも要らない。邪魔なだけだ。
①を推奨するのは、ePub をあつかう時にかぎっている。普通では、使わない。
3 基礎作業の二、下調べ
キンドル本に関するガイド本、マニュアルを記したサイトを読む。
これは、なるべく最新の情報を集めること。数年前のものだとすでに役に立たなくなっているケースが多い。
どちらかといえば、インターネットの情報のほうが即効性がある。ガイド本で困るのは、特定のソフト(有料だったりする)の広報めいた内容だったりすることだ。判断を迷わされることも少なくない。
ここでは、実用的な事柄を学習していく。①アカウントの作成。②アメリカでの免税手続き。③銀行口座の開設。などの項目については、いくつかのサイトを参考にすれば、なんとかクリアできる。
特に面倒そうで、気分も重かったのは②だが、かなり手順は簡略になってきている。EINの取得も、こちらから書類をファクスして、三日後にアメリカ内国歳入庁からの返信がファクスで来た。
4 コンテンツを用意する
電子書籍の本体、作品、著作物のこと。これに関しては、省略。
参考にこれを――
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488070687
まあわたしの場合、「キンドル作家」デビューする前に、すでに活字本作家なので。
素材は、いろいろ用意できていたわけです。
とはいえ、活字本仕様を、そのままデジタル本モードに流しこむのはよくない。手抜き工事だ。そういう安易な途は避けたかった。
留意したのは、①段落の多用、②行あけの多用、③見出しとページあけの多用、④ゴチックによる文字強調などのレイアウト効果だ。
字下げの字数による区別、行あけの行数による差異化、イタリック体や下線引きによる文字強調などは、試みていない。シンプルをこころがけた。
苦労したのは、タイトル。
タイトルのみは、新規の「新作」になった気分。
とはいえ、英語タイトルは、ちょっとピンチョンライクだったな。
注記しておくと、わたしは、長くワープロ専用機で仕事していた。MAC 時代には、ライトウェイ・テキストの縦書きモードに切り替えた。Windows ユーザになってからも、もっぱらテキスト・エディターのお世話になっていた。
ワードは使わない。余計な機能が付属していてうっとうしいからだ。時どき、ワードで入稿してくれという「困った編集者」がいるので、仕方なく使うことはあるが。
仕事で必要なのは、縦書きモードを手軽に操作できるエディター・ソフトなのだ。これは、やはり国産品に勝るものはない。ずっとQXエディターを使っていたのだけれど、このソフトはXP以降に対応するヴァージョンが開発されていない。
Linux をいろいろ試してみたのも、早い話が、QXエディターを使えるかどうかの実験だった。成果は得られず。悲観的予測にかたむきかけた。QXエディターを稼働させるためだけに、間もなくご臨終するXPマシーンを使いつづけねばならないのか、と……。
他に VirticalEditor というのもあって、使いやすくはあるのだが、印刷モードが不自由なので、iText に開きなおしてプリントするとか、細かい面倒があった。このあたりの試行錯誤の日々のことを書きはじめると、キリがないので省略。ある時、偶然に、この問題は解決した。QXエディターが Windows 7 でも(32ビットなら)動くということを発見したのである。
5 ePub 変換という本番作業
いよいよ変換ソフトを使って、テキスト・ファイルから ePub ファイルを作成する行程に入る。
基本的にフリー・ソフトを使うという方針だ。
① Open Office Writer もしくは、Libre Office Writer の拡張機能を使う。
これは、あるガイド本にあったやり方。どちらのソフトも使ったことがあるので、何とかなりそうだと思った。
しかし、作業途中で断念した。拡張機能の仕様が変わっていて、どうもよくわからん、というのが理由のひとつ。もうひとつは、作業の無駄が多いように感じたこと。
まあ、とにかく、両者ともワードと同様の重たいソフトなので、快適とは程遠かったわけです。
② でんでんコンバーター
これは、サイト上にファイルをアップして変換する方式。
まずウェブ上で作業することに抵抗があった。次に、マニュアルがすっとアタマに入らない。入りにくい。相性が悪いみたいなものだから、仕方がない。候補には入れなかったた。
日をおいて、①を諦めたので、ものは試しとダミー版を変換してみた。
試してびっくり。ずいぶん簡単に出来るじゃないか。
根が疑い深いので、こんなに簡単に出来るわけないよな、とか。一昼夜ほど成果を信じる気になれなかった。それは保留にしたまま、コンテンツの整備(つまり本体の創作プロセスですな)にかかりきることにした。
やがて創作品が完成して……。やはり半信半疑みたいな心持ちで(失礼!)変換してみた。今度は、ダミーではなく「製品版」だ。出来上がりをチェックする眼も本気になっている。しっかりと見た眺めた読んだ。
ふーむ。出来てる。
問題なく立派なデジタル・データだ。
2に列記した①②③④すべての読みこみモードで試してみた。確かめた。しっかり出来ていた。
驚きである。驚いたら失礼か。
ともかく、わたしの「キンドル作家」デビューの多くの側面は、でんでんコンバーターに負っている。といっても何ら過言ではないようだ。
問題は一点。しかし、ですな。
うまくいかなかった行程がひとつあった。行あけだ。
元テキストで行あけ処理しているところが、すべて行つめに変わっている。これは、横書きモードにすると行あけになっているが、縦書きモードにすると行あけが無視される、という結果だった。何故に? 少なくとも、わたしのようなプログラム音痴には想像もつかない。ここで挫折しかけた。半日ほど、あれこれ悪戦苦闘した。
最終的には、自力解決できた。でんでんコンバーターのマークダウン方式が、HTML のタグ記述に似ている(あくまで、当方の主観)ところから、HTML のタグを適当に、だが必死の形相で打ちこんでみては、これでドーダ、今度はマイッタか、と試し変換してみた結果だ。時間に追われていては出来ない。人にはお薦めできかねる。恥ずかしい。
③ Sigil
後で上記の問題は、Sigil で ePub ファイルを開いて、行あけ処理してやれば、いいのだと気づく。
しかし、このソフトは早々と使わないことに決めていた。縦書きモードにすると、「横向け文字」の縦書きになって出力されてくる。これでは、使えません。
Linux で iText を動かした時、やはり「横向け文字」の縦書きになって諦めたことを思い出し、腹立たしくなった。
④ Caribre
これはインストールしただけで使っていない。
他のシェア・ソフトに関しては試していないので、書けない。
6 何がわたしをこうさせたか
最後になったが、動機。
どうして、わたしのような耐用年数を過ぎたおやじが「キンドル作家」デビューなどを思い立ったのか。余計なお世話といわず、知りたい人もいるでしょう。
これには、良いほうと悪いほうの答えがある。どちらも、それだけで本一冊書けるほどの材料があふれているが……。傍迷惑だろうから、一ページで済ませる。
まず、グッドのほうから。
今回アップしたのは、60枚(400字詰め原稿用紙換算)の短篇が三本。この分量では、紙の本にはならない。つまり、電子書籍のみに可能な形態を重視した結果である。
電子版になったのは、『五番町懺悔録』の短篇ヴァージョンと考えてもらえばいい。
ということは、当然『五番町懺悔録』には長編ヴァージョンも存在する。むしろ、そちらが本体であろう。「それはどうした?」とつっこまれるのは辛い。これに関しては、かなりの期間にわたって、わたしのなかでは、危険な「取り扱い注意」領域なのである。
かつて、F・スコット・フィッツジェラルドは書いた。
Of Course All Life is Process of Breaking Down.
日本語になりにくいので、そのまま記憶しているが、いまだにこの言葉は背中にはりついている。生存しているうちに何とか書いておきたい自伝的作品。その一部が、『五番町懺悔録』長編ヴァージョンということになる。いまだ機は熟さずの想いに立ち往生することが繰り返されて……。
短篇ヴァージョンは、ひとつの試行だ。当初は、草稿状態のままでアップすることも考えていたが、それは止めた。ともかくも、独立した作品(三点セット)として愉しんでもらえるものになった。
いつもの大風呂敷がひろがっていくような気配なので、このへんで切り上げる。
バッドなほうの話はどうしたかって?
漠然と思い立ったのは、昨年の暮ごろ。しばらく間を開けて、始動し、二月の末に発売にこぎつけた。激動の一カ月といっていい。何に駆りたてられたのか。
じつは、グッドの動機と裏表になって、まったく同じことだともいえる。本を出すには多様なやり方がある。出版社とセッションを重ねて「共同作業」することが唯一の方法ではない。セルフ・パブリッシングは、すべて自力でまかなうわけだから、荷の重い仕事になる。
しかし、不可能ではない。現に、こうして実現した。
「著作者=書籍制作者」という形態は現実のものになっている。出版界は負のスパイラルに犯されてきりきり舞いの惨状だ。逆にいえば、ここに起死回生のチャンスが埋まっているかもしれない。
もちろん、これが最上の方法だとか、これしかない選択だとかいっているのではない。ある意味、ここには、現在の「電子出版ブーム」のネガティヴな現状が無惨に反映されている。それは否定しない。
ただ、そうした素材について語ることは、またべつの機会のほうがいい。
いや、もっと歳月を経て、笑えないジョークみたいに語れる時を待つべきだろう。
マガジン航 2014.03
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