更新日誌2009.06.01
さる古書図書館の書庫の片隅、梯子をかけなければ見渡すこともできない書棚の最上層。
黒石の『闇を行く人』がひっそりと隠れているのを見つけた。同じ外装の本がもう一冊。これは田中貢太郎の『春宵綺語』であった。どういうわけか、これらは二冊函入りのセットで売られていた。田中とセットだから怪談の装いだ。現在の、古書価格は六万三千円。
『闇を行く人』は、この教文社版が新装なのだが、初版が黒石の第一著作になるのかどうか、わからない。『俺の自叙伝』と『露西亜西伯利ほろ馬車巡礼』の三冊が大正八年の刊。どれが先だったのか、今のところ、わからんのだ。
だいたい『闇を行く人』も、ずいぶんと変わった本だ。ロシア怪談集かと思ったら、後半の四分の一は付録となっていて、題目は「露西亜の伝説俗謡の研究」である。これは『露西亜文学史』の最初の部分に当たる。複雑怪奇な黒石のいくつもの顔が一冊に凝縮されているわけだ。
この作家については、著作年表つくりから始めねばならないようだ。一次資料の整備していない作家研究は初めてだ。そこまでの必要がなかったこともあるけれど、そこまで強烈に惹かれる作家で文学史からほとんど黙殺されている対象に出会ったのは奇蹟的だ。
ついでといってはナンだが、前田河広一郎を二冊。まとめて読むのは、やはり初めて。
ここ最近は、もっぱら「三等船客」だけの書き手みたいなあつかい。まがりなりにも一時期はプロレタリア派の流行作家だった人。短編にはわりといいものがあった。けれども、いま読み返されるべき作品かどうか考えると、強くアピールするところがないことに気づく。技巧よりも力と熱気で読ませるタイプで、独自の世界も備えている。しかし現代に訴えてくるものとしては弱い。
といっても、だから「三等船客」だけで充分ってのもね。
惜しい。在米体験を活かした作品をある程度まとめて、犯罪小説集ふうのセレクションはできるかもしれないと。
同じ傾向の書き手として翁久允もリサーチしてみたが、こちらはレベルが一段低くて困った。部分的にしか評価できるところがないのだ。
まあ、ともかく。中間的には、そんなところで。
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