更新日記2007.08.15 the Last Peots
必要あって、といちおういっておくほうが何かと恰好がつくのでそう書いておくが、JAZZ について少し勉強してみた。
主要な動機は、あるオトとその喚起するもののメカニズムを見つけたいということ。行き当たりばったりに聴きまくっていても、なかなか展望が見えないので。
仕方なく、文献のお世話になることに。
なかでも、やはり、相倉久人のものが役立った。
新著『ジャズの歴史』に、たとえば、こういうページがある。
啓蒙的でありながら、スイングしている。往年の戦闘性は望むべくもないが(あったら気持ち悪かろう)、スタイルは死んでいない。
こうならべてくると、メインストリームの太い流れにささえられてきた〈モダン・ジャズ神話=大きな物語〉の消滅後にジャズを見舞ったさまざまな事態が、ほとんどすべて〈ポストモダン現象〉として説明できることにびっくりします。
七〇年以前の〈大きな物語〉とのあいだを分断されたジャズ新世代は、つぎつぎにサブ・ジャンルさらにサブ・サブ・ジャンルへと細分化、断片化を重ねながら、それぞれに〈個別の道=小さな物語〉を歩みつづけます。
引き取り手のなくなった〈大きな物語〉はますますアーカイヴ化し、サンプリングやリミックスがさかんになった八〇年代以降は、完全にデータベース化しま す。乱暴な言い方をすると、駄作名作ひっくるめて過去の作品は、そこにアクセスして新しい解釈を加え、分解再構成して(ポストモダン風にいうと脱構築)再 利用する対象、リサイクル素材になったということです。
こうしてタテのつながりヨコの連係が希薄化し、ものごとの判断基準や価値観が相対化してコンセンサスが失われていくなかで、解き放たれた解釈の自由だけがひとり歩きする時代がやってきました。そのなかでも時間だけは確実に過ぎていきます。
他には、遅ればせながら、the Last Poets を聴いた。
最初は、パーカッションをバックに、ライムを煽るだけの素朴なスタイル。「run,nigger」とか「niggers are scared of revolution」とか。
そういえば、頭脳警察の発禁ソング「世界革命戦争宣言」も、音楽的にはよく似たポジションにあったのだろう。
だんだんとラップ・スタイルも取り入れていくのだが、ヒップホップの先駆的グループだったことは間違いない。
CDはまだ入手できるけれど、例によって、Lime Wire でかなりのファイルをダウンロードして間に合わせた。
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