激戦の日本読書新聞など 9
1992.6
時間はずいぶんと飛んでしまう。
想い出はとにかくとして、N氏が去ると個人的なとっかかりはごく希薄なものとなった。
それ以上に、経営陣がたびたび変わるなどしたのも疎遠になった要因だ。その過程で、日本読書新聞の党派性を復活させる計画もあったと聞いたが、要するに、話だけで終わった。
何となく忘れたころに依頼がきて、執筆するだけの関係に移行していった。紙面にたいする共感や共鳴などはなかった。そうしたものは、同時代批評とか日本読書新聞とか映画芸術とかと共に終わったのだ。まあそのなかで「官能は武装であり武装は官能である」のようなアタリも出たけれど、ハズレも多々あったようだ。
内容はともかく、レイアウトを一新したリニューアルは成功したと思う。一目で党派主義的うさん臭さが抜けたことがわかる。もっともこの雑誌が党派的だったという事実はないわけだが。
この紙面はわたしの執筆としては最後のアタリだった。多くはデザイナーの手腕によっているともいえよう。
「ただ別離だけがハードボイルドの条件だ」という見出しのフレーズをえらく気に入ったらしい故Y氏が、「あんたはしばらくコレで行くんですな」としきりに感心していたのを想い出す。いささか意味不明の言語ではあったが、面倒くさいので「ああ、そうだよ」と返事しておいた。彼の人ももう故人である。
なお、現在はこの媒体には書いていない。
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