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近況 悲しき宛先不明

近況 悲しき宛先不明

古い知己に出した葉書が「転居先不明で配達できません」というスタンプを押されて戻ってくるのは悲しい。一時的な連絡不通ならまだしも、不帰の客になったかと咄嗟に思ってしまうのだ。生者はまことに自分の都合によってしか他人を認知しない。
かくいう当方自身宛の郵便物が転居先不明で相手に戻っていることが多いという事実に最近つきあたった。何事も電子メールで済ませることができる昨今、住 所などというアナログの自己証明に大きな意味をもたせることはすでにアナクロなのかも。しかし――現に現存しているわたしに郵便物が届かないことには、そ れなりの理由があるらしい。
当方はJ寺町に住んで以来、二十年を超えるが、その間、同じ町内で三回転居している。移り住んだころは町名に番地のみの表示(二千番台まであった)。変 更後、北南東と元町と、J寺町は四分割され、何丁目何番地何号といった規格型の表示になった。こちらの住所表記は東から北へ、また東へと変わり、後の数字 となると似たようなものなので、頭の中で混乱していたりする。郵便物も当然というか、前住所のもの前々住所(十年以上前)のものがごっちゃになる。郵便局 への通知はもちろん、転居案内は人並みに出したつもりだし、何を偉そうにといわれそうだが所属団体の住所録にはちゃんと現行の住所が載っている。しかし ――届けられる郵便物の表記はじつにまちまちなのである。時どき、架空のものとしか思えない町名や番地も混じっている。それでも無事に届くのは、当方を認 知してくれる配達員がいるおかげだろう。だが逆にいえば、配達員の経験まかせとなると、「不明扱い」も生じてくるのが道理だ。どのくらいの割合になるのか わからない。皮肉なことに、比較的大事な郵便物が宛先不明に仕分けられ、どこかの空間を浮遊し、「配達されない手紙ミステリ」の主役になってしまったりす るのだ。
宛先不明の赤いスタンプは悲しい。あまり悲しんでも、「郵政民営化によってニホンをカイカクしよう」という政権党の国民をバカにしきったCMが聞こえてくるばかり……。

日本推理作家協会会報2006.1


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