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更新日記2003.05.01

更新日記2003.05.01

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)

――宮沢賢治

 わたしという現象の不条理。それを賢治が上のように表白したのとほぼ同時代、少しあと、イー・サン(李箱)は別の比喩をもって宣した。

任意ノ半径ノ円(過去分詞ノ相場)
円内ノ一点ト円外ノ一点トヲ結ビ付ケタ直線
(二行略)
直線ハ円ヲ殺害シタカ

 二人の詩人が、宗主国人と植民地人との差異はあったにしろ、こう書き記したことの対応が心に引っかかっている。
わたしという現象は、統合に向かうのか。
それとも欠片のままなのか。

戦争は終わった。
戦争状態は終結した、と控え目にいっておいたほうがいいのだろうか。
次の標的を求める動きが、動きのみならず、それを煽り立て待望するかのような論調が、早くもジャーナリズムに現われてきている。
『特別手記 北朝鮮に「断固たる制裁」を!』(某誌)
『次は北朝鮮! 「金王朝のXデー」見えた 金正日の野望は「先制攻撃」でしか挫けない』(某誌)
念のためにいっておけば、わたしは記事の広告を新聞で見て、その見出しを書き写しているだけだ。内容は読んでいない。とても読む気にならない。また数日前には、『北朝鮮とのケンカのしかた』なる文庫本も送られてきた。『金日成は四人いた』とか『金正日暗殺計画』とかいった類いのバカ本が昔からあったことを思い出す。とくに最近になって「北朝鮮脅威本」が増えているのかどうかはチェックしていない。
「次の開戦」のための前哨戦的な布石が着々と打たれているのだと感じる。もちろん「次の開戦」などという事態をわたしは夢にも望まない。望まないにしろ、起こりつつあることから目を背けるわけにはいかないだろう。これについては、もう書きたくない。戦端がもし開かれれば、想像もつかない、想像したくもない混乱が一挙にやってくる。戦争は――いま眼前にある、他国の侵略行為の片棒をかつぐという例のない状況をもって起こるにせよ――社会を暴力的に均質化してしまう。均質化することによって、混乱を制圧しにかかる。暗澹たる観測におちいっても底なしにきりがないけれど、いくばくかの可能性に不安は募るのだ。その場合、こちらに残された猶予の時はいくらもないだろう。
ただ、課された仕事を早く取り片づけてしまわねばならない、という覚悟だけはしておこう。

わたしという現象は「任意の半径の円」――「ひとつの青い照明」
「直線は円を殺害」するのか。

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