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更新日記2002.10.11

更新日記2002.10.11

このところどんよりと気分が重いのは、一周年にさしかかったからだろうか。
一周年といっても、まったく自分ひとりの感慨だ。
あの病気からちょうど一年。昨年のいまごろは……と思い出している。出歩くことは極端に少なくなり、いきおい、その習慣に日々の感情も規定されてくる。
少なく見積もっても、退院してからの二ヶ月は、まったく本調子ではなかった。去年の11、12月だ。不調の時期は年が明けても三ヶ月くらいはつづいたように思える。ここの区切りはほとんど恣意的なもので、いついつにやっと元気になった、本来の調子にもどった、と感じるのもただ主観の物差しにすぎない。人に訊かれれば「もう大丈夫」と答えるのが常だったが、これはたんなるあいさつみたいなものだ。「まだあきまへん」とか答えたら、自分も相手もうっとうしくなる。だから、そう言わなかっただけ。医者に言うと「検査しましょう」となるから、病院に通院したときには禁句だった。
また、もっと後になれば、退院後一年ほどはずっと低調さがつづいていたという感慨がわいてくるかもしれない。暗黒の色調が次第に薄らいでグレイの濃度をさげていったが、ついにくっきりと晴れ渡るまではいかなかった、みたいに。この、グレイ・ゾーンというどんよりした感覚は、自分でも非常につかみにくい。ちょっと気分が沈むと、マイナス・アルファで、やっぱり駄目だとどんどん思えたりしてしまう。抜け出せない抜け出せないと感じるのはそんな時だ。
病院ではあきらめていたというか、とにかくおとなしくしているしかなかった。退院すると急に「さてこれからだ」「もう大丈夫」とどしどし思いこみたい焦りが先行してしまった。体力、精神力ともにずいぶんとどん底だったと実感する。これはつらつらと思い出してようやく自認できることだ。ふつうではわからない。最悪のところからは抜け出せたと思うが、抜け出すにもいくつかの段階がある。抜けきったという感覚が願望か幻覚にすぎなかったというのは、およそ陳腐な体験でしかない。
だから一周年というのは、どのあたりなのかと。
それが気になる毎日。
まるで不毛の日々のサンプルだ。

 

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