猫に先立たれて1996年
家族に請われて、猫を飼うことになった。三ヶ月くらいの雄の子猫だ。名前も多数決で決めたので、イチロウになった。家族はわたし以外は、猫を飼った経験がない。それに三男の他は猫よりも犬派の連中ばかりだと思っていた。それで長いこと、ペットを飼わないことを家訓にしていたのである。
猫を飼いたくないのは別の理由があったのだが、それは人には言わない秘密だった。
まことに人なつこい利発な猫で、我が家は全員たちまちのうちに猛烈な猫派に改宗してしまった。風呂に入って爪先立ちになり前足を湯船にタプンとひたしてみるとか、エピソードには事欠かないが、わたしに関しては、ワープロを打つ指にじゃれついてくる上に見真似で手前にある変換キーを押すので困りものだった。
それが車に撥ねられて死んでしまった。飼い始めてわずか一ヶ月の日だった。我が家の向かいは広大な栗畑で、その間の道路は車がぜんぜん通らないわけではなく、ペットには危険な場所であるとは聞いていた。遺骸は深大寺の霊場で灰にしてもらった。もうじき四十九日があける。悲しくて悲しくて何も手につかない日々だった。
二十数年前にも、わたしは、車の事故で子猫を亡くしている。輪廻転生を信じ始めているこの頃だ。
日本推理作家協会会報1996.1
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